パキスタン生まれでカナダ育ちの女性S.は、10代後半にイスラム国(ISIS)に参加した
パキスタン生まれカナダ育ちのS.がISISに参加した経緯から脱出、情報提供者活動までを本人が詳細に語る。
The Launchpad Journal
弟の死後の宗教的探求からシリアへの渡航、Raqqaでの生活、娘を連れた脱出までを本人が語る。カナダ当局の監視や家族との断絶も背景にあった。
宗教への傾倒と周囲からの圧力
S.はパキスタンでソマリア人両親のもとに生まれ、2歳でカナダに移住した。10代で知人による弟の射殺事件に遭い、宗教に救いを求めた。イスラム教の戒律を厳格に守るようになり、ヒジャブを着用したが、周囲からイスラモフォビアによる攻撃を受けた。電車内で爆破を匂わせる発言を浴びせられるなど、日常的に脅威を感じるようになった。彼女は家族とともに列車駅で熊撃退スプレーを浴びせられ、別の機会には列車内で「次の列車に乗った方がいい、この列車が爆破されるかも」との脅しを受けた。こうした出来事が積み重なり、彼女はより強い宗教的アイデンティティを求めるようになった。
宗教学校での急進化と国外渡航
高校卒業後、S.は東カナダの宗教寄宿学校に入学した。そこでソマリアから帰国した女性と知り合い、アルシャバブとのつながりを知る。イスラム学者らの「西方を離れよ」という言葉に影響され、2014年にトルコ経由でシリアへ向かった。カナダ治安当局の監視と家族からの退去要請が決断を後押しした。彼女は当局が職場や自宅に現れ、電話をかけてくることに強い不安を抱いた。家族も政府の問い合わせに耐えかねて彼女に家を出るよう求めた。ソマリア人女性が渡航費を負担し、彼女は10代後半でトルコへ飛び、Istanbulの密輸業者と接触した。
Raqqa到着と過酷な生活
トルコからシリア国境を越えたS.は、ISIS支配下のRaqqaに到着した。到着直後に首切り処刑の光景を目撃した。ゲストハウスでは結婚を強要され、拒否したため衣服やシャワーを制限された。別のカナダ人女性と脱出を計画し、タクシーで逃れた後、アルカイダ系女性の家に身を寄せた。到着時、彼女たちは武装した男たちに迎えられ、パスポートを没収された。Euphrates川沿いの過密なゲストハウスで、アラブ人と西洋人の女性たちが管理され、結婚を4度も勧められたが拒否し続けた。
結婚と娘の出産、夫の変化
モロッコ人男性と結婚してゲストハウスを離れたS.は、Raqqa爆撃の中で娘を出産した。夫は当初優しかったが、娘が成長するとカートゥーン視聴を理由に暴力を振るうようになった。離婚を裁判所に求めたが、「夫の奴隷である」と退けられた。彼女は「あなたは自由な女性だと思っているが、そうではない。夫の奴隷だ。夫の言う通りにしなさい」と裁判官に告げられた。夫の変化は娘が幼児になった頃から顕著になり、彼女は何度も離婚を試みたがISIS支配下では不可能だった。
Baghuzへの逃走と降伏
米軍支援下のクルド勢力による攻撃が激化し、S.一家はBaghuzへ逃れた。食料は小麦粉とオリーブのみで、娘は栄養失調に陥った。夫が戦闘継続を選ぶ中、S.は娘を連れてクルド側に降伏した。Al Hol収容所へ移送された。逃走中、彼女たちはオートバイで山岳地帯を移動し、小麦粉、オリーブ、デーツを携行した。人々は草を食べて生き延びていた。爆撃下で出産し、娘の命を守るため食料を厳しく配分した。車が横転した際、娘は後部座席で眠ったまま無事だった。
情報提供者としての活動
収容所でS.はクルド側に協力し、若い女性たちがISISに再勧誘されるのを防ぐため夜間活動に参加した。軍服とバラクラバを着用し、子供たちが過激思想に染まるのを防ぎたいと語る。彼女は「子供たちが刑務所キャンプで育つのを見たくない」と述べ、元米国大使Peter Galbraithも医師や外交官を支援する中で同様の懸念を示していた。S.は夜間に軍服姿で活動し、キャンプ内の若い女性たちが次のISIS世代になるのを防ぐ役割を果たした。
よくある質問
なぜS.はISISに参加したのか
弟の死後の喪失感と、イスラム教徒としてのアイデンティティを求めた結果、周囲のイスラモフォビアと宗教学校での影響が重なった。カナダ当局の監視が決断を加速させた。
脱出はどのようにして成功したのか
妊娠中のカナダ人女性と協力し、監視役夫妻の不在中にタクシーで逃げ、別の家を頼った。家族への電話でカナダ当局の保証を知った。
娘の安全はどう確保されたのか
爆撃下で出産し、逃走中に栄養失調を防ぐため食料を厳格に配分した。Baghuz降伏時に一緒にクルド側へ向かった。横転事故でも娘は無事だった。
カナダ当局の対応は
渡航前に監視を受け、家族は当局から「帰国しても罰はない」と伝えられた。S.自身は帰国後の扱いについて明言していない。
現在の生活は
カナダ国内の安全な場所で娘と暮らしており、過去の経験を語ることで同様の被害を防ぎたいと述べている。
要点
- S.は2014年に10代でトルコ経由シリアへ渡った。
- Raqqa到着直後に処刑現場を目撃した。
- 娘を出産後、夫の暴力に遭いながらBaghuzまで逃れた。
- クルド側に降伏し、収容所で情報提供者となった。
- 家族はカナダ当局から帰国を勧められた。
まとめ
S.の体験は、若者が過激組織に巻き込まれる背景と、脱出後の選択肢の狭さを示している。娘を守るための決断が、彼女の人生を大きく変えた。ISISの最後の拠点Baghuzでの降伏とその後の情報提供活動は、彼女が過去を乗り越え、次の世代を守る道を選んだことを物語っている。